今回は、なぜ私がこのような暮らしをしているか、ついて書きたいと思う。
私は、タイトル通り、現在リゾートバイトをしながら日本のあちこちのホテルや旅館に住み込みで働くという生活をしている。
今現在は岐阜県の高山のホテルの厨房で調理補助の仕事をしている。
私は、大学を出てからずっと10年程保育士をしていた。
しかし、色々なことが重なり(前回の記事にざっくりここらへんの理由も書いています)、今のリゾートバイトの生活をかれこれ3年程はしているかな。
現在私は38歳、独身。
世間的に見て、38歳にもなって独身。安定した仕事に就いておらずふらふらしている、ちゃんとしていない人に映っているかも知れない。(私はちゃんとした人ですという主張をしたい訳ではない。笑)
学生や20代ならまだしも、アラフォーにもなって派遣で、しかも短期であちこちの職場を移動して仕事をするというスタイルは、世間で賞賛される働き方ではないだろう。(賞賛されたいわけではないけれど。笑)
今回はなぜ、私がこのような働き方を選んでいるかを書き留めておきたいと思う。
私はこれまでにも書いている通り、30代前半頃まで、自分が嫌いで、自分のことがよく分からず、自分の本心も分からず、ただ周りに流されるように、とりあえずフワフワと生きてきた人生だった。
なんとなく「本当の自分じゃない」「本当はこんなはずじゃない」というような感覚が纏わりついていて、楽しいことがあって笑ったりすることはあっても、ずっと孤独を感じていたし、自分の人生を自分で生きているような感じがしていなかった。
他人の顔色を伺い、他人の意見にニコニコと同意することで、人から良い人と思われたい、嫌われまいと努めて生きていた。
それが幼少期からの私の生存戦略だったのだ。
そんな私が、本当の私に出会えるようになったのが「ひとりの時間」なのだ。
保育士時代、初めてひとり旅をしたのが四国の香川県。
友達が香川に行ってきたお土産にうどんをくれ、その美味しさに感動して、香川に行ってうどん屋さん巡りをしたい!という理由から、初めてのひとり旅に挑戦することにした。
(この時は主体的に生きる芽のような物が自分の中で育ってきて、保育に対しての学びも深まり、恩師や保育仲間にも恵まれて自分の意志が少しずつ出てきた時期だった)
その時のワクワクした気持ちと解放感と言ったら。
人生でこれほどの解放感を味わえるなんて…!と、感動したのを覚えている。
そして、瀬戸内海の素晴らしい景色と島独特のゆるりとした雰囲気。
同じ日本とは思えない風景と空気感に私は「なんて狭い世界しか知らずに生きてきたんだ・・・」と思った。
そして、ひとり旅ということは、周りには誰も私のことを知っている人がいない状況。
そんな状況に私はこれまでにない解放感を感じていた。
人の目も、顔色も気にせず、ただ自分の行きたい場所、食べたい物、したいことをわがままに叶えていけるひとり旅。
もちろん、香川のうどんは美味しくて美味しくて。
安い!早い!旨い!の3拍子が揃っていて、3軒連続でうどん屋をまわったりもした。
私はこの初めてのひとり旅で、
誰かが期待する自分でいるのではなく、ただ自分の気持ちや願望に忠実に、自分の声を聴いて過ごす
という心地良さと解放感を、人生で初めて味わったのだ。
だから、普段は人見知りで恥ずかしがり屋なタイプの自分が、店員さんや近くのお客さんと気さくに話していたりもして、そんな自分にも驚いたり。
(私は初対面でまた会うことがない人の方が案外話しやすい、ということにも後々気付く)
このひとり旅をする前にも、何度か海外にも旅行していたし、解放感のようなものを味わったり、異国の雰囲気を楽しんだり、という経験は何度かあった。
しかし、その時は友人や姉と一緒だったし、その時の解放感とは比べものにならないものだった。
言うなれば「これぞ本当の解放」
語彙力・・・。笑
たぶん、このひとり旅をしたタイミングもよかったのだと思う。
それまで、特に自分の主張やこうしたいがあまりないと思い込んでいた自分に(押さえつけて出てこなくしていた)、主体的に生きる芽が出てきたタイミングだったため、心の奥に閉じ込められていた本当の自分が、鍵まで何個もかけていた重厚な扉の中から出てきて「え?本当に私の声聞いてくれるの?私のしたいこと聞いてくれるの?本当に?」とどんどん出てきたタイミングだったのだ。
私は、私が喜んでいることがよく分かった。
心にずっしりとのしかかっていた何かが吹き飛ばされたような、こんなにも、気持ちも体も軽く感じたことはあっただろうか?というくらいの軽さ。
次から次へと出てくる自分の主張。
「またうどんがいい!」
「明日は島に行きたい!」
「アートも見てみたいな!」
無邪気な子どものようにどんどん願望が溢れ出てくる。
それを自分がどんどん叶えていける快感。
私にとって、このひとり旅は、かなりの人生の転換点となった。
それからもしばらく保育士を続けていたが、このひとり旅の解放感が忘れられず、次の年もまたひとりで香川を旅した。
その時には、ドキドキしながら初めて車ごとフェリーに乗って島を旅したり、気になったお洒落なビストロに勇気を出して入ったら、店員さんと隣の常連さんと話が弾んで、その常連さんと2軒目はその人が行きつけの日本酒バー、3軒目は深夜カフェに行き、楽しい夜を過ごす、なんて経験もして、改めてひとり旅の楽しさと解放感を味わった。(特に恋愛的な発展があったわけでなかったけれど、とても良いひとだったし、その人とはその後もたまに交流が続き、その人が仕事で東京に来た時には東京で飲んだりもしたなぁ。)
また、ひとりでうろうろしていると、地元のおじさんが話しかけてくれて、勝手に色々教えてくれたり観光案内をしてくれるようなことも多々。
地元の方との交流が人と旅行している時よりも圧倒的に多い、というのも、旅をしたという手ごたえと充足感を感じる大切な要素だった。
こうして私は、本当の自分を解放することができた香川と四国の瀬戸内海の雰囲気が大好きになった。
その後も、また香川に行って瀬戸内海の島をまわりたい、他の四国も回ってみたい、もっとひとりで色々なところを旅してみたいという気持ちが大きく膨らんでいた。
しかし、どんどん上のポジションになり、責任ある役割を任され、ひと不足ということもありなかなか連休が取れない現実。
保育にも熱が入っていた(保育熱心な自分のイメージを壊したくなかった)私は、もっともっと保育を学ばなければ、という義務感で自分で自分を苦しめる状況になっていた。
心の中では、早く四国に行きたい、という気持ちが膨らんでいた。
そんな中、限界が来る前に、私は保育士を辞めて一旦ゆっくり四国を旅する、という選択をしたいと考えていた。
園長に辞めると相談すると、強く引き止められ、正社員を降りて準社員でもいい、という選択肢を与えられ、また、6年ぶりくらいに出会いがあってお付き合いがスタートしたこともあり、しばらくは都内に残り保育士とベビーシッターをしていた。
彼とのお付き合いも山あり谷あり谷ありで、結局同棲しようとしたろころで音信不通になり、私は住所不定、無職という、何もない私となった。
その当時は悲しみに暮れた。
けれど、ふと自分には行きたい場所、したいことがあるじゃないか!とふと思い出したのだ。
そうだ、私は四国を旅したかったんじゃないか。また本当の自分に会いに行こう。と。
けれど、旅行だとお金は減っていく一方だし、長くは滞在することが難しい。
そんな中私は思い出したのだ。
大学生の時に、友人と熱海の旅館に住み込みで働くリゾートバイトというものをしたことに。
それなら、お金も稼ぎながら住む場所も確保できて、その土地に長く滞在できるじゃん!!と。
こうして私のリゾートバイト生活がスタートした。
ビビりな私は、いうてもリゾートバイトって、若い子や学生達ばかりしかしていないんじゃ?というイメージがあったため、初めての行先は地元の温泉地である鬼怒川温泉にした。(何かあってもすぐに逃げ帰れるし、と思い。笑)
その時は、清掃の仕事だったのだが、常に追われる忙しさ&ひと不足&お局おばちゃん達がとても多く、しかも、そのおばちゃん達にも派閥があったりでかなりやばい職場だった。派遣で入った人が半日や一日で消える、なんてことも多々。
そんな中、私もおばちゃん達にもまれたり一部の人には気に入られたり、これは何かの強化合宿か?と錯覚するくらい、仕事中は意地悪なおばちゃんや女の人に嫌味を言われながら無心で時間内に清掃を終わらせる、という任務を遂行して何とか2か月の契約を終了。
中盤くらいからは正社員の男の子や少し偉いおじさんと仲良くなり、おばちゃん達の醜態を全て暴露して去った。笑
一つ目がこんな場所だったので心が折れかけたが(ここは今までのリゾバ先で一番ひどい職場だった。笑)、リゾバをするのは学生だけじゃないし、むしろ私より年上の人もたくさんいることは分かってその点は安心した。
私の目的は四国に滞在する、ということだったので、めげずに四国の求人を探し、高知県のとあるホテルに派遣が決まった。
このホテルは、なんとホテルの客室が寮替わり、朝食はお客さんと同じ会場でブッフェを食べられるというかなりの好条件。
そして、仕事は少しハードだったけれど人は基本的にいい人が多い&同じくらいの時期に入った同じく派遣の3個上のマチ子さんとの出逢いもあり、ここでの人との出逢いと時間も私の人生をかなり変えていく時間となった。
鬼怒川でのリゾバに心折れることなく、高知に行って本当に良かったと心から思える経験と時間を過ごせた。
結果的にホテル側から延長のお誘いの声を掛けてもらったこともあり、時給が200円上がるというかなりの好条件になったとこもあり、契約期間の延長に延長を重ね、8か月間高知に滞在し、暇な時には連休をもらい、高知県は端から端まで、そして四国のあちこちを旅することもできた。
マチ子さんとはもちろん、職場のおじさんや若い男の子達、同年代の女性達とも飲みに行ったり釣りに連れて行ってもらったり、おじさんが自作した山小屋でみんなでピザパーティをしたり、職場の人たちともかなり仲良く、よくしてもらった。
何度も飲みに行ってオールをしてそのまま仕事をしたり、終電を逃して何時間も歩いてホテルまで帰ったり、カラオケやスナックで大爆笑して床に転げまわったり・・・。
学生時代もかなりはしゃいだ飲み方をすることはあったが、高知県でのこのような時間は私にとって本当の青春の時間だった。
そして、私はこの時人生で初めてお酒で記憶がなくなるという経験を何度もした。笑
それほど心から今という時間を楽しみ、自分を解放できたのだと思う。
料理長にも気に入られ、マチ子さんと3人で飲みに連れていってもらったりもした。
香川ではうどんの美味しさに感動したが、高知ではかなりの料理や初めての味との出逢いに感動した。
高知のカツオは有名だが、カツオはあまり好きではない私も美味しい!!と感動したし、柚子の果汁をゆの酢と呼んで、お酢の代わりに酢の物に使ったり、お寿司のシャリの中にも入れて、山菜やこんにゃくを乗せた田舎寿司という郷土料理があったり。(その田舎寿司がまた素朴でとっても美味しい!)
皮付きのイノシシ肉を初めて食べて、その美味しさに悶絶したり、須崎という土地で有名ななべ焼きラーメンは、想像をはるかに上回る美味しさに「舐めてしまってすみません!!」とラーメンに謝るほど美味しくて驚いた。
知らない土地、知らない景色、知らない料理や知らない味。
日本という同じ国でこんなに新しい発見や知らないこと、知らない景色ばかりなことに驚きとワクワクが止まらなかった。
徳島のゲストハウスに泊まった際には、私以外の5人全員がお遍路さんという、しかもそのうち2人は外国人の女の子という、とても面白い状況になり、なぜお遍路をしているのかそれぞれ聞いたりしてとても面白い、というか興味深い時間を過ごせたりもした。
オーナーさんもとてもフランクな素敵な方で、日和佐というとても海がキレイなこじんまりとした街で、私が今まで泊まったゲストハウスの中で一番素敵なゲストハウスだったなぁ。
ちょっと色々思い出してしまい、どんどん思い出話のようになってしまった・・・笑
結果的に、高知のホテルを去る時にはとても寂しくなってしまい、ホテルの人達とお別れをする際に大号泣。笑
「そんなに泣くなら高知に永住しろ」とおじさんに笑われた。
若い男の子が、仕事中にも関わらず、料理長の指示で海の見える駅まで送ってくれ、その車の中で「本当にみんなに愛されてたな~」という一言にまた号泣。
2個目のリゾバ先がこのホテルで、この人達と出逢えて本当に良かった、と心から思えるリゾバ先だった。
本当は四国にしばらく滞在できたら、また保育士に戻ろうかと考えていた。
しかし、高知での時間があまりにも楽しくて、どんどん本当の自分になっていく気がして、保育士に戻ったら、また以前の自分に戻りそうな気がして怖くなった。
というより、その怖さよりも、もっともっと知らない土地に行きたい!知らない景色、知らない料理、知らない味に出逢いたい!という気持ちが勝っていた。
こうして私は、リゾートバイトをしながら旅する生活を続け、今年で4年目となる。
知らない街を歩く時のワクワク感と解放感。
初めての景色や人との出逢い。
今までのリゾバ先では、それぞれ色々ありつつも(大変なことや嫌なことももちろんある)、短期の旅行では決して味わえない、その土地を味わうような旅ができている、と実感している。
生活と旅の間のようなこの生活が私は大好きだ。
そしてまだまだ行きたい土地が次から次へと出てくる。
一度行ったところでもまた行きたい場所が増えていく。
高知にも、もちろんまた行きたい。
体と時間がいくらあっても足りない!と思う。笑
良い職場と巡り合えると、そこの職場に長くいたい気持ちと、自分が行きたい新たな土地に行かなければ、という気持ちが常に葛藤することになる。
いまの高山のホテルもそうなっている。笑
私はこの生活をあと何年するかは分からない。
けれど、確実に言えることは、
今までの人生で一番楽しく、一番自分が自分として人生を歩んでいるということ。
まだまだ私が私になる途中だけれど、だいぶ自分が好きになってきたし、自分のことは自分で喜ばせ、自分で機嫌をとり、自分で自分を幸せにする、という覚悟ができてきている気がする。
世間的には認められなくても、私が私を認めている、この生活を楽しんで気に入っている。
その方がよっぽど大切なのだと身をもって実感している。
私はもう、本当の心の声を無視し続けて生きることはしない。
それだけは決めている。
私は私らしく、自分のペースで人生を楽しむ。
誰の人生でもない、私の人生だから。
これが、私がこの生活を選んで、旅するように暮らしている理由。
これから私はどんな土地に行き、どんな出逢いがあるのだろう。
どんな味に感動したり衝撃を受けたりするのだろう。
私は死ぬまで、自分をワクワクさせながら生きていきたい。

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